独身40代女のひとりごと

独身女40代の日々のつぶやきです。株の運用で不労所得生活と移住を目指す!

スピリチュアルな話


子供の頃から不思議な話は大好きだったし、この世には科学では証明出来ないような不思議な出来事は存在するものだと信じている。


30歳を過ぎた頃にその存在を実感するような出来事があった。
詳細は少しずつ今後お話していきたいと思います。


幽霊とかを見て怖い思いをした事は、ないのですが、それに近い体験はあります(^_^;)


不思議で素敵な出来事の方が多いかもしれません。


「凄い偶然」ってみなさんも体験あると思いますが、私はそれでずいぶん救われてきたような気がします。


知人達は、「そうやっていつもなんとかなってる綱渡り人生」と言って笑ってますが…。


結果良ければすべて良し!です(笑)


人生を変えてくれたり、良い助言をしてくれる人との出会いに恵まれてます。


恋愛に関しては、酷かったですけどね(笑)
恋愛は、もう卒業したから今後は大丈夫なはずです。きっと!


30代の頃に住んでた近くにお寺があって、そこにお地蔵様がいらっしゃいました。
いつも困った時ばかり手を合わせに行ってたのですが(昨日も行って来ましたが)
数えきれないくらい困難を乗り越えてこられました。
きっとお地蔵様が見守ってくれてるのだと今も強く信じてます。


よく神頼みって言うけれど、「心のよりどころ」「信じる気持ち」って大切なものだと思う。想いが強ければ励みになれます。
少しでも気持ちがポジティブになって明日への活力へと繋がったら素晴らしいものだと思います。


占いは、ヒントとして受け止めてます。誰にでも当てはまるような事しか助言出来ないような占い師には興味ありません。
最終的に自分がどうしたいのかという事は潜在意識の中にきっとあって、その方向へ向かえるように助言してくれたり、思ってもみなかった助言をしてくれる方は尊い存在です。
今は、一人の占い師の先生の元へたまに通ってます。



占い師の先生との出会い


私がよく通っていた美容室でいつも担当してくれてた女性がいた。

彼女とは、いつもいろんな話で盛り上がったのだが、ある日、一人の占い師の先生の話をした。
彼女は恋愛の相談をしたら、「ここの神社へ行ってこうしなさい」という事を言われたからしく、週末にそこの神社に行く為に旅行に行くと言う。


私も会いたい!と直感で感じたので連絡先を教えてもらった。
すぐに予約をして占い師の先生がいる場所へと向かった。


建物のドアを開けると、その先生がいらっしゃった。


挨拶をして先生の前の椅子に座ると


「あなた持ってるじゃん! あなたが占い師できるよ」


は? …(^▽^;)


それが最初の出会いだった。


聞けば、私は霊感を持ってるらしい。


いろいろと助言をして頂いた。とても参考になった。


帰り際に占い師になりたかったら私の弟子になりなさい。あなたみたいな人が占い師になるのが本当にいい。私が教えるからと言われた(笑)


人生の岐路に立たされた時や、とても辛い状況の時に先生に会いに行った。


昨年は、とんでもなく酷い年だった。1月に会いに行った時にもそう言われていた。
「災難が多くそれを避けるすべもない酷い年だから、頑張ってね!」と…。


あはは…(TOT)


2017年は、本当に酷い年だった。


2018年は、収穫の年らしい。とても素晴らしい年になると言われた。


年末までには株で少し利益が出せるのかなぁ~(笑)(^▽^;)


恋愛について



父親を求めて



両親が私が幼い頃に離婚して、私は母に引き取られ、それ以来母の再婚相手の人との生活を送った。


酒乱・暴力の日々で連日母親は父に殴られていた。母は何度か離婚再婚を繰り返すが、すべて失敗で、私にとって良き父親になってくれた人はいなかった。


父親からの愛情に飢えていたし、恋愛が出来る年頃になると、潜在意識の中で父親像を求めていたからか、現在に至るまで付き合う男性はみんな年上だった。



凄絶な初恋



初めてお付き合いした人は、日本に住んでる20歳以上年上の外国人だった。
16歳で知り合って21歳まで5年間彼と過ごした。
私にとって初めての男性だったし、彼に全身全霊捧げた無償の愛だった。


彼は自営業だったが、毎日自宅に一人でいて時々商品を集めて海外へ送ったりしていた。
資産2億以上を保有していたが、自宅にずっといながらお酒に溺れて精神を病んでいった。彼はアルコール依存症になり幻覚を見るようになった。
白目が真っ黄色になり痙攣発作で救急車で運ばれた病院先で余命半年だと告げられたが、
インターネットや携帯電話が無い時代で友人や頼れる人もいなく、現状を把握することが出来なかった。
同棲をしていたが、私が外出したり自宅へ帰ることを許さず、玄関を出ると大声で叫びながら裸で外まで追いかけてくるような状態だった。監禁されていたような感じだった。
私もストレスから両腕が上に上がらなくなった。
外出しても大声で叫んで国道の真ん中を歩いたり、目の前にいる人を攻撃したりして、私の精神もどんどん壊れていった。
ずっと殴られて寝ることも許されなかった。
そんな中でも私は彼を愛していた。
彼の傍にいられるだけで幸せだった。
だけど、傍にいるだけでも殴られて毎日24時間地獄だった。


彼と一緒に出掛けた時に隙を見て交番へ駈け込んだ。
それが最後になってしまったのだが、いつか彼の元へ戻るつもりでいた。


それから広告代理店に就職した。何もなく彼がすべてだった自分だったけど、こんな自分でも出来る事がみつかって少しだけ自信がついた。
彼と会って今の自分を見たらきっと喜んでくれるだろうと、再会の日を楽しみにしていた。


彼と朝ご飯を食べていた時に「結婚しよう」と言われた時があった。
夢のようだった。憧れてた瞬間だったのかもしれない。
でも、私を毎日殴って怒鳴り幻覚を見てた彼だったし、返事が出来なかった。


彼の元を離れて半年がたった。


彼に電話したが電話が繋がらなかった。
マンションの大家さんに連絡してみると、彼が肝硬変で亡くなった事を知らされた。


医師に余命半年といわれた時の事を思い出した。
その時は信じられなかったし、信じたくなかった。確認する手段もなかった。


彼と仲が良かった彼の国の領事館の館長に会いに母と一緒に領事館へ行った。
亡くなった彼は、私の事を愛していたと告げられた。


人は、人をこれだけ愛せるという事を教えてくれた人だ。



結婚


彼が亡くなってからの2年間は、壊れていた。

恋愛の終着点が結婚なら、さっさと結婚して人生を終えたいと思った。
知人に27歳年上の資産家を紹介された。
結婚するまで時間はかからなかった。相手の人は、結婚歴が5回。地方に住んでいた彼の子供は私と同じ年だった。親戚は私の母親と同世代で、その子供も私と同じ年。
だからなのか親戚一同に可愛がられた。
3ヶ月に1度、3週間くらい海外で過ごしたり何不自由ない生活を送っていた。
彼は、自分の思うようにいかないと私と一週間口を利かなくなる。
その事が積み重なって離婚の原因になったが、最終的に全治3か月のケガを負わされた。
殴られて顔が変形した。


5年間の結婚生活だった。


宝石・ブランド品を身に着けて海外旅行をして、高級車に乗って高級店で食事してという生活の中で、彼が「どこに出ても恥ずかしくない女にしてやる」と言ってくれたことが印象深い。彼は、貴重な経験や体験をさせてくれた。


私は、彼を大好きだったけど愛してはいなかった。


2度目の結婚は、付き合ってた彼の転勤対策の為に籍を入れたので、戸籍上だけの夫婦だった。


同棲はしていたが、とてもネガティブな人で嫌になって離婚してもらった。


彼と一緒に過ごした記憶は、あまり思い出せないくらい印象が薄い彼との結婚生活だった。





恋愛


最初の結婚から裸同然で捨てられて一人暮らしが始まった。


恋愛もしたが、ずいぶん傷つけられた。


サービス精神は旺盛なので、男性とお付き合いすると一生懸命尽くしてしまう。
男性にしてみれば、とても都合のいい女である。


失恋すると今度こそはと男性に依存した。


愛情に飢えていた。愛されたかった。それがどういうかたちでも…。


映画のような出会いや体験もあった。
天国と地獄を行ったり来たりのジェットコースターにのってるような異性との関係。


異性と過ごす特別な時間を楽しんだ。





一人がいい



今現在は、男性とお付き合いする事は考えられないし求めていない。


半年お付き合いをした人がいた。
見た目も性格もすべて理想的だった。
私の家に泊まるようになってから頻度が増していって、彼は自分の家に帰らなくなってきた。
朝食・お弁当・晩御飯を毎日作った。自分がしてあげたくてしてたのだが…。
外食する時も私が支払う。彼からお金をもらったことは一切ない。
お風呂上りに素っ裸で布のソファの上に座っていたり、物を買う時に私が渡したお金のお釣りをポケットに黙っていつも入れる。
そうした些細な事が積み重なって色々と目につくようになった。
彼は、一応私の好みのタイプだ。でも、結婚して一緒に過ごしたら、この状態が永遠に続くわけだ。


この時には、今のフェレットを飼い始めていた。
フェレットがたくさん走り回って遊べるように狭いワンルームマンションから広い2LDKのマンションに引っ越した。


飼ってるフェレットは、寝室の布団に潜ったり、押し入れの中で寝るのが好きだった。
でも、彼がいたから、寝る時は寝室のドアを閉めていた。
フェレットは、ずっと寝室のドアをカリカリやって開けてくれと訴えていた。
フェレットには、今思い出してもとても寂しい可哀そうな事をしたと悔やんでいる


私の誕生日にフェレットと一緒に楽しい思い出をつくろうと広い部屋のある1泊20万のホテルのペントハウスを予約した。


でも、彼が、誕生日に一緒に過ごしたいと言ってきたので予約をキャンセルした。


誕生日当日、花束をくれた。そのプレゼントが最初で最後の彼からのプレゼントだった。焼き肉屋に連れて行かれて足早に帰宅した。


この時に気付いたのである。


自分一人でいた方が心地よい時間が過ごせるのだと…。


花束と焼き肉屋のサプライズよりも自分自身でそれ以上の幸せな時間をもつ事が出来るという事と、無理して男性に尽くす事の労力を自分に向けたら、人生がもっと豊かに素敵に変わって幸せな人生が送れるのだと思った。


彼よりも一緒に暮らしているフェレットの方が何にも代えがたい存在であって、彼よりも今一緒に暮らしてるフェレットがとても大切だった。


どん底の私の精神状態を救ってくれたのは、今いるフェレットだし、彼が私に何を与えてくれたのか?


何もない。


そう思って別れて今に至る。


ペット

2015年の11月に運命的な出会いをして生後3ヶ月のフェレット1匹を飼うことになった。


この子と出会ってからは、全力で愛情を注いで一緒に暮らし、親バカ全開で毎日楽しく幸せに一緒に過ごしている。


出会い

幼少のころから動物は大好きで小学校の帰りに毎日近くのペットショップに立ち寄ったりしていた。


でも、2015年の時点では、ペットを飼うなんてことは考えてもいなかった。
離婚直後で、狭いワンルームで暮らし始めて、自分自身の事でいっぱいいっぱいだった。


その頃は、心療内科に2年近く通ってたし、薬の多量接種で心身共に壊れていた。
いつ死んでもおかしくない状態だった。


当時は、私生活が荒れてたのだが、夢中で飼育をし始めて気付けばとても健康的な精神と生活に変わっていった。


仕事の買い出しに行ったビルの横にペットショップがあって、なんとなく、ふらりと寄り道して、そこにフェレットがいたのだ。


なぜ、フェレットなのか?


●鳴かない。
●散歩に連れて行かなくてもいい。
●1日ほとんどの時間を寝て過ごす。


その時、「これなら一人暮らしの私でも飼える」ような気がした。
帰宅してこんなに可愛らしい生き物が部屋にいたらきっと癒されるだろうなぁ~    そんなふうに思った。


そこにいた2匹のフェレットは、すでに大きかった。


どうせ飼うなら幼い子がいいし、たくさんいるフェレットの中から選びたかった。


その場でiPadで検索して、フェレット専門店をみつけた。


タクシーに乗ってその店へ向かった。


店内は人がいっぱいいた。
この子可愛い~と思って店員さんを呼ぶと、「その子は私が買う子です」と奥にいた女性が言った。
じゃぁ~この子は?と定員さんに声をかけると「この子は私が買う子です」と横にいた女性がまたしても言った。


込み合う店内から次々にフェレットが新しい飼い主に連れ帰られて行くのを眺めていた。


気付けば店内は私だけになっていた。


その時、眺めていたケージの中のハンモックから、とても小さなフェレットが顔を出した。


ずっとハンモックに潜って寝ていたらしい。店の宣伝コーナーの入荷したての入れ物の中に1匹だけいたので、先ほどの人込みの中みつかっていたら、すぐに売れてしまっただろう。


ハンモックから出てきて私に近づいてきた。


そっと指を出すと舐めた。


この子を絶対連れて帰る!!


そして1人と1匹の生活が始まった。