40代独女のひとりごと

今は、ギリギリの生活だけどいつかはきっと!株の運用で不労所得生活と移住を目指す!

恋愛について



父親を求めて



両親が私が幼い頃に離婚して、私は母に引き取られ、それ以来母の再婚相手の人との生活を送った。


酒乱・暴力の日々で連日母親は父に殴られていた。母は何度か離婚再婚を繰り返すが、すべて失敗で、私にとって良き父親になってくれた人はいなかった。


父親からの愛情に飢えていたし、恋愛が出来る年頃になると、潜在意識の中で父親像を求めていたからか、現在に至るまで付き合う男性はみんな年上だった。



凄絶な初恋



初めてお付き合いした人は、日本に住んでる20歳以上年上の外国人だった。
16歳で知り合って21歳まで5年間彼と過ごした。
私にとって初めての男性だったし、彼に全身全霊捧げた無償の愛だった。


彼は自営業だったが、毎日自宅に一人でいて時々商品を集めて海外へ送ったりしていた。
資産2億以上を保有していたが、自宅にずっといながらお酒に溺れて精神を病んでいった。彼はアルコール依存症になり幻覚を見るようになった。
白目が真っ黄色になり痙攣発作で救急車で運ばれた病院先で余命半年だと告げられたが、
インターネットや携帯電話が無い時代で友人や頼れる人もいなく、現状を把握することが出来なかった。
同棲をしていたが、私が外出したり自宅へ帰ることを許さず、玄関を出ると大声で叫びながら裸で外まで追いかけてくるような状態だった。監禁されていたような感じだった。
私もストレスから両腕が上に上がらなくなった。
外出しても大声で叫んで国道の真ん中を歩いたり、目の前にいる人を攻撃したりして、私の精神もどんどん壊れていった。
ずっと殴られて寝ることも許されなかった。
そんな中でも私は彼を愛していた。
彼の傍にいられるだけで幸せだった。
だけど、傍にいるだけでも殴られて毎日24時間地獄だった。


彼と一緒に出掛けた時に隙を見て交番へ駈け込んだ。
それが最後になってしまったのだが、いつか彼の元へ戻るつもりでいた。


それから広告代理店に就職した。何もなく彼がすべてだった自分だったけど、こんな自分でも出来る事がみつかって少しだけ自信がついた。
彼と会って今の自分を見たらきっと喜んでくれるだろうと、再会の日を楽しみにしていた。


彼と朝ご飯を食べていた時に「結婚しよう」と言われた時があった。
夢のようだった。憧れてた瞬間だったのかもしれない。
でも、私を毎日殴って怒鳴り幻覚を見てた彼だったし、返事が出来なかった。


彼の元を離れて半年がたった。


彼に電話したが電話が繋がらなかった。
マンションの大家さんに連絡してみると、彼が肝硬変で亡くなった事を知らされた。


医師に余命半年といわれた時の事を思い出した。
その時は信じられなかったし、信じたくなかった。確認する手段もなかった。


彼と仲が良かった彼の国の領事館の館長に会いに母と一緒に領事館へ行った。
亡くなった彼は、私の事を愛していたと告げられた。


人は、人をこれだけ愛せるという事を教えてくれた人だ。



結婚


彼が亡くなってからの2年間は、壊れていた。

恋愛の終着点が結婚なら、さっさと結婚して人生を終えたいと思った。
知人に27歳年上の資産家を紹介された。
結婚するまで時間はかからなかった。相手の人は、結婚歴が5回。地方に住んでいた彼の子供は私と同じ年だった。親戚は私の母親と同世代で、その子供も私と同じ年。
だからなのか親戚一同に可愛がられた。
3ヶ月に1度、3週間くらい海外で過ごしたり何不自由ない生活を送っていた。
彼は、自分の思うようにいかないと私と一週間口を利かなくなる。
その事が積み重なって離婚の原因になったが、最終的に全治3か月のケガを負わされた。
殴られて顔が変形した。


5年間の結婚生活だった。


宝石・ブランド品を身に着けて海外旅行をして、高級車に乗って高級店で食事してという生活の中で、彼が「どこに出ても恥ずかしくない女にしてやる」と言ってくれたことが印象深い。彼は、貴重な経験や体験をさせてくれた。


私は、彼を大好きだったけど愛してはいなかった。


2度目の結婚は、付き合ってた彼の転勤対策の為に籍を入れたので、戸籍上だけの夫婦だった。


同棲はしていたが、とてもネガティブな人で嫌になって離婚してもらった。


彼と一緒に過ごした記憶は、あまり思い出せないくらい印象が薄い彼との結婚生活だった。





恋愛


最初の結婚から裸同然で捨てられて一人暮らしが始まった。


恋愛もしたが、ずいぶん傷つけられた。


サービス精神は旺盛なので、男性とお付き合いすると一生懸命尽くしてしまう。
男性にしてみれば、とても都合のいい女である。


失恋すると今度こそはと男性に依存した。


愛情に飢えていた。愛されたかった。それがどういうかたちでも…。


映画のような出会いや体験もあった。
天国と地獄を行ったり来たりのジェットコースターにのってるような異性との関係。


異性と過ごす特別な時間を楽しんだ。





一人がいい



今現在は、男性とお付き合いする事は考えられないし求めていない。


半年お付き合いをした人がいた。
見た目も性格もすべて理想的だった。
私の家に泊まるようになってから頻度が増していって、彼は自分の家に帰らなくなってきた。
朝食・お弁当・晩御飯を毎日作った。自分がしてあげたくてしてたのだが…。
外食する時も私が支払う。彼からお金をもらったことは一切ない。
お風呂上りに素っ裸で布のソファの上に座っていたり、物を買う時に私が渡したお金のお釣りをポケットに黙っていつも入れる。
そうした些細な事が積み重なって色々と目につくようになった。
彼は、一応私の好みのタイプだ。でも、結婚して一緒に過ごしたら、この状態が永遠に続くわけだ。


この時には、今のフェレットを飼い始めていた。
フェレットがたくさん走り回って遊べるように狭いワンルームマンションから広い2LDKのマンションに引っ越した。


飼ってるフェレットは、寝室の布団に潜ったり、押し入れの中で寝るのが好きだった。
でも、彼がいたから、寝る時は寝室のドアを閉めていた。
フェレットは、ずっと寝室のドアをカリカリやって開けてくれと訴えていた。
フェレットには、今思い出してもとても寂しい可哀そうな事をしたと悔やんでいる


私の誕生日にフェレットと一緒に楽しい思い出をつくろうと広い部屋のある1泊20万のホテルのペントハウスを予約した。


でも、彼が、誕生日に一緒に過ごしたいと言ってきたので予約をキャンセルした。


誕生日当日、花束をくれた。そのプレゼントが最初で最後の彼からのプレゼントだった。焼き肉屋に連れて行かれて足早に帰宅した。


この時に気付いたのである。


自分一人でいた方が心地よい時間が過ごせるのだと…。


花束と焼き肉屋のサプライズよりも自分自身でそれ以上の幸せな時間をもつ事が出来るという事と、無理して男性に尽くす事の労力を自分に向けたら、人生がもっと豊かに素敵に変わって幸せな人生が送れるのだと思った。


彼よりも一緒に暮らしているフェレットの方が何にも代えがたい存在であって、彼よりも今一緒に暮らしてるフェレットがとても大切だった。


どん底の私の精神状態を救ってくれたのは、今いるフェレットだし、彼が私に何を与えてくれたのか?


何もない。


そう思って別れて今に至る。


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